報道関係

2010年(平成22年)11月10日(水曜日) 朝日新聞
事故現場に遭遇 ごめん・・・助けられずに
ろうそくをともす芦田正博さん。「帰ろうとして火が消えると、『帰らないで』と言われているようで」=智頭町市瀬
 交通事故で人が亡くなる。突然の出来事は当事者や遺族はもちろん、偶然その場に居合わせた第三者の人生にも大きな影を落とす。智頭町の国道で11年前、3人の若者が死亡する事故が起きた。たまたま現場にいた2人の男性は今も助けられなかった後悔にさいなまれ、自らの胸に問い続けている。(西村圭史)

「生命のメッセージ展」で展示された3人の等身大パネル。足元には履いていた靴も置かれていた=江角由利子さん提供
 事故があった智頭町市瀬の国道53号の智頭トンネル。日ノ丸バスの運転手、芦田正博さん(45)は線香を手向け、お供え物の人形を手ぬぐいで丁寧にふいた。

 11年間ほぼ毎日訪れ、供えられた鉢植えの手入れや掃除を続ける。自身も1歳だった長男を誤飲の事故、生後間もない長女を早産で亡くした。「20年育てた娘を事故で亡くすのとは違うかも知れないが、子を失った親の気持ちは分かるから」とろうそくをともした。

 芦田さんは以前に勤めた会社に向かう途中、大学生4人が乗った車の数台後ろを走っていた。事故直後、横転して前部がつぶれた車から助け出そうとしたがドアが開かない。救急隊が到着するまで「しっかりしろ」と声をかけ続けた。うめき声が聞こえた。「1人だけでも助かってくれ」と祈った。
 その後の報道で3人が死亡したと知った。「なぜ『1人だけでも』と祈ってしまったのか。自分の家族なら全員助かってくれと願ったはず」。自分が情けなくなった。
 現場は通勤路だ。供えられた花が枯れているのに気を留め、線香をあげて掃除するよ
うになった。休日も遺族が供えた鉢植えを手入れし、自宅から持ち出したプランターに花を植えた。
 亡くなった江角真理子さんの母、由利子さん(62)と知人を介して連絡先を交換したがまだ会ってはいない。「全員のために祈れなかった後悔に答えを出せた時、江角さんに会って現場に通うのを終わらせられると思う」と話す。

◇             ◇

 救助隊を手伝い、横転した大学生の車を起こした智頭町の男性は、車内の1人と目があった時の苦しそうな表情と、窓に張り付いた血まみれのクマのぬいぐるみが脳裏に焼き付いている。
 「救急隊の到着を待たず、無理にでも車から引きずり出していたら助かったのでは。目の前で苦しんでいたのに、どうして何もできなかったのか」。事故を夢に見ることもある。誰にも相談できず、1人で悩み続けた。
 事故から8年後、遺族が亡くなった3人の等身大パネルと遺品を展示した「生命のメッセージ展」に足を運んだ。「助けられなくてごめんなさい」。パネルの前で涙を流して謝った。大谷知子さんの母、浩子さん(54)は「謝らなくていいよ」と手をぎゅっと握ってくれた。
 島根県の大谷さんの家を訪ね、ピアノを弾く知子さんの姿が残るDVDを見た。知子さんが音楽が好きだったと聞き、男性もバンド活動を始めた。真理子さんと大庭三弥子さんは旅行好きだったと知り、海外へ一人旅に出かけた。
 「3人が望んでいたことをやりたくて」。演奏や旅行の楽しさを感じる度、「亡くなった3人もこんな気持ちだったのかな」と考える。
 今でも事故を思い出して涙を流す。「でも遺族と会って少し変われた。自分に出来る
ことがあるなら、遺族の力になりたい」

◇             ◇

 県警によると、今月8日現在、県内で死亡交通事故が30件発生し35人が亡くなっ
た。飲酒運転による死亡事故は5件。0件だった昨年から急増しており、県警は飲酒の機会が増える年末に向けて取り締まりを強める方針だ。
 
◆◇◆智頭町の死亡交通事故◆◇◆

 1999年12月26日未明、智頭町市瀬の国道53号の智頭トンネルで飲酒運転の乗用車が対向車線にはみ出し、鳥取大学3年の女性4人が乗った軽乗用車と正面衝突。軽乗用車の大庭三弥子さん(当時21)、大谷知子さん(同)、江角真理子さん(当時20)が死亡した。岡山県にクリスマスのイルミネーションを見に行った帰りだった。飲酒運転の男性は業務上過失致死傷罪などに問われ、2000年に懲役3年の判決を受けた。
 
 

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