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遺された家族

【21世紀のあなたに届ける夢の郵便】
  16年前のはがきには、

「今日(1985.3.27)の万博見物は雨に降られて、寒くて大変だったね。
でも子供達は大きくなったら、科学も非常に大切だけど、その他にもっともっと大切なものがあることがきっとわかっているだろうね。それは何ですか?」

と書いてあった。
 
真理子よ、返事がほしい

平成13年3月5日
江角 弘道

  昭和60年に科学万博に家族五人(私と妻由利子、長女悠子、二女真理子、長男泰俊)で見学に行った。私が40歳の時であった。あちらこちらと見学していると、20世紀の私から、「21世紀のあなたに届ける夢の郵便」というポストがあり、本当に届くだろうかと思い、由利子・悠子・真理子・泰俊宛に上記文面ではがきを書いた。そのことはほとんど忘れていたのだが、2001年の元旦にはがきは届いた。だがこの時、このはがきの宛名の一人真理子は、この世を去っていた。1999年12月26日、娘真理子は、交通事故で忽然と旅立った。
「突然の無常の風に誘われて、花のはたちで、涅槃の旅へ」と私の母は、これから人生が開ける時に逝った孫娘への思いを歌に託した。私たち遺された家族は、涙に明け暮れた。「これから一生かけて、娘の無念さを少しでも慰めるようなことをするしかない。もう娘は帰って来ないのだから。」などとはすぐに考えることはできなかった。私は、振り返ってみると、3つのことを思い続けている。

1つには、「あんなに良い娘が何故死ななければならなかったのか」ということ。飲酒運転の無責任なドライバーのために、善良な将来ある娘達3人が殺されたのだ。そしてこの世にいても人に迷惑をかけるだけの存在の加害者は、生きている。これは遺された家族にとっては絶対に受け入れることのできない「不条理」である。
昨年は、「命」を軽んずる少年達の事件が相次いだ。ある日、17歳の少年達が「人を殺す経験をしたい」と思い立って、人を殺す。また別の少年は、バスを乗っ取り、乗客を刃物で脅した末、傷つけたり殺したりする。またある少年は、怒られたはらいせに母親を殺すなどなど。事件のいきさつや動機をマスコミは、ことこまかに解説するが、遺された家族や親しい人達にはほとんど関心が集まらない。遺された家族は、なぜ、ほかの誰でもない自分が、また自分の大切な家族がこういう目にあったのか。それを問い、答えは見つからず、受け入れることのできない「不条理」に深く深く悩む。
この世には理屈にあわないことがたくさんある。私は愛する家族と幸せに生きていた時は、その幸せを当然のように受け入れていた。それが「条理」であると考えていた。ある日突然に娘が死ぬという「不条理」がやってきた。それは受け入れられない。「条理」だけを受け入れ、「不条理」を受け入れられない。これは凡人が考えた「条理」と「不条理」であり、もっと大きなところでは、秩序があるのだろうかわからない。

2つには、人生の無常、老少不定(だれが先に死んで、だれが後から死ぬということは、定まっていない)であることは、宇宙の真理だということ。たしかに真理であるけど、逆縁(子が親より先に死ぬこと)の場合は、遺された家族にとっては、断腸の思いである。このことは、つきつめて考えれば、明日のことはだれにもわからない。人間に本当に与えられているのは「今日」という時のみである。「今日を大切に生きていくしかない」という思いであった。真理子は、この「真理」を命を懸けて私たちの教えてくれた善知識様であるだろうか。

3つには、「真理子は何処に行ったのか」ということ。その問いを真理子にぶっつけて考えていると、真理子の方から「じゃ、お父さんは何処へ行こうとしているの」という問いかけが帰ってきた。私たち人間の最終的に行くところは何処なのだろうか。私たちは、人生の旅をしている。旅には目的地があるはずだ。私の旅の目的地は何処だろう。いままでは目的地を考えずに、ただ日々を追われて送っていた。やがて死ぬ定めにある人間にとって「死」は目的地ではないだろうか。「死」とは一体何なのか。それは「命」とは何であるかを考えることになる。
考えてみれば、私が結婚する前は、真理子はいなかったのである(この世にいないから「空」と言っても良いだろう)。結婚し4年後に、二女として家族の一員となった(この世に現れたから「色」と言っても良いだろう)。そして約1年前忽然とこの世からいなくなった(「空」となった)。毎朝の勤行で読んでいる般若心経に有名な言葉、「色即是空、空即是色」がある。「色(形あるもの)」は「空」そのものであり、逆に「空」は「色」そのものであると述べてある。真理子にとって、時間的な経過で言えば、空即是色・色即是空であるかもしれない。つまり真理子は、空から現れ、色となり、そして空に帰ったのか。その空とは何なのか。おおいなる世界、おおいなる命、Something Greatness、浄土などと呼ばれているものなのか。
真理子よ、はがきの問いかけ「人間にとって、もっとも大切なものは何か」の返事をいつの日か送ってほしい。
 
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