報道関係

2008年(平成20年)2月25日(月曜日) 毎日新聞
見ず知らずの土地で務めた館長、去る前に住民と作り上げ

 今年9月に「生命のメッセージ展」が出雲市で開かれるのを前に、県内の飲酒事故や殺人事件の被害者のオブジェなどを展示する催しが、斐川町立図書館(同町直江町)で開かれている。館長の白根一夫さん(59)と、同展を企画している遺族のつながりで実現したもので、3月に同館を退職する白根さんは「自分が建設にかかわった図書館で、最後にミニ・生命のメッセージ展を開催できた」と感慨深げだった。3月2日まで。月曜休館。【小坂剛志】
 1999年12月。福岡県立図書館(福岡市)で司書を務めていた白根さんは、新しく建設する図書館の館長になってくれないかと斐川町から打診を受けていた。「見ず知らずの土地で新しい図書館の館長になるなんて……」。九州や沖縄の図書館の刷新に携わってきた白根さんに白羽の矢が立ったのだが、返答を決めかねていた。その年の大みそか、実際に町の様子を見ようと斐川町を訪れた。その夜、宿泊先のホテルで悩みに悩んだ。断ろうかとも思った。だが「私がやらなければ、住民の身近にある図書館はできないんじゃないか」という思いが浮かび、消えることはなかった。

 白根さんが斐川町に新しい図書館をつくることを決心した5日前、鳥取県の国道で同町出身の女子学生が飲酒運転事故の犠牲となって命を落としていた。
 鳥取大の学生だった江角真理子さん(当時20歳)は99年12月26日未明、鳥取県智頭町の国道で飲酒運転の車に衝突されて死亡した。真理子さんは、図書館の司書資格取得のため集中講義を受けた後、友人と車で岡山県の倉敷チボリ公園に行った帰り。同じ大学に通う友人2人も死亡する凄惨(せいさん)な事故だった。

 白根さんが図書館の準備室長として斐川町に赴任していた00年夏ごろ、「本を寄贈したい」という女性が訪れてきた。真理子さんの母・江角由利子さん(59)だった。本のタイトルは「遺(のこ)された親たち」。交通事故でわが子を失った親たちの思いを記録した本だった。

 その後、江角さんが交通事故や犯罪、命について書かれた本を何度も図書館に寄贈したことから親しく話をするようになった。「寄贈された本を集めて、コーナーを作ってはどうか」と持ちかけたこともあった。昨年11月ごろ、江角さんが出雲市で生命のメッセージ展を開催しようとしていることを聞き「それなら事前のミニ・生命のメッセージ展を図書館で開いたらいい」と、今回の催しが実現した。


 白根さんが斐川町に新しい図書館をオープンさせたのは03年10月。それまで斐川町に、現在のような広く使いやすい図書館はなく、本が好きだった真理子さんは中学生の時から、旧平田市や出雲市の図書館にまで出かけていたという。斐川町立図書館は今では、住民に身近な図書館として定着している。

「もしかしたら真理子さんたちが『斐川に図書館を作ってほしい』と呼んでくれたのかもしれませんね」

 白根さんは3月、福岡県に新たな図書館をつくるため斐川町を去る。最後にミニ・生命のメッセージ展を開催できたことは、斐川町に図書館をつくった館長のふさわしいフィナーレになった。
 

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